原状回復基礎知識
原状回復ガイドラインの再改訂(平成23年8月)
建物賃貸借契約が終了し、賃借人が建物を退去するにあたり、未払賃料その他賃借人が負担すべき費用があれば、敷金から精算されます。敷金から精算される金額の中には「原状回復費用」が含まれることがあります。
「原状回復費用」が賃借人にとって納得できるものであればトラブルとなりませんが、「原状回復費用」の範囲や金額をめぐって賃貸人と賃借人の考え方が異なることがしばじばあり、建物退去時のトラブルとなっています。
原状回復をめぐるトラブルが急増したことを受け、平成10年3月、当時の建設省は、原状回復に関する裁判例等を集約し原状回復に関する費用負担等のルールに関するガイドラインを公表しました。
平成16年2月には、その後の裁判例等を踏まえた改訂がなされました。
その後も原状回復費用等の退去時のトラブルが減少しないため、国土交通省は、平成23年8月、原状回復ガイドラインの一層の具体化を進めたほか、原状回復のためのルールを普及させるために手順を明確化させるなどの内容を取り入れ、原状回復ガイドラインを再改訂しました。
原状回復義務とは何か
建物賃貸借契約では、賃貸借契約終了後には、賃借人は物件を「原状に回復して」明け渡さならければならない旨が規定されているのが通常です。賃貸人がこの原状回復義務条項に基いて、畳替え・クロス張替え・鍵の交換費用等の原状回復費用として敷金から控除する精算を行おうとしたところ、原状回復費用の対象となる範囲や金額をめぐって賃借人が争う・・・これが原状回復をめぐる紛争の典型的な形です。
裁判所は、「原状回復とは」①建物の通常損耗分をもとの状態に回復することではなく②賃借人の故意・過失等による劣化の回復を意味するとの判断を示してきました。
これは賃貸借契約の対象となる建物の価値は、そもそも時間の経過により減少するものであり、賃借人が物件を定められた使用方法に従って、社会通念上通常に使用していれば、賃貸借契約終了時に当初の状態よりも建物の価値が減価していたとしても、そのまま賃貸人に返還すればよい、という考え方に基づいています。
建物の通常損耗分は、賃貸人としては、建物の減価が進行する過程で減価償却費や修繕費用の必要経費分を賃料に含めて支払いを受けて回収してきているので、原状回復の対象となるのは、賃借人の故意・過失等による劣化分ということです。
ガイドラインは、裁判所の考え方を取り入れて、原状回復は賃借人が借りた当時の状態に戻すものではないということを明確にし、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失。善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。
賃借人の善管注意義務
賃借人は、賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民法第400条)。建物の賃借の場合には、建物の賃借人として社会通念上要求される程度の注意を払って建物を使用しなければなりません。日頃の通常の清掃や退去時の清掃は賃借人の善管注意義務に含まれると考えられます。
賃借人が故意に、又は不注意で賃借物に対して通常の使用をした場合よりも大きな損耗・損傷等を生じさせた場合には、賃借人は、善管注意義務違反によって損害を発生させたことになりますから、賃借人が原状回復義務を負い、その修繕費は賃借人が負担することになります。
原状回復費用負担の具体例
原状回復についての定義を前提にすれば、建物の経年劣化や賃借人の通常使用に基づく損耗は、賃借人の原状回復義務の範囲に入りません。つまり、そのような劣化分を回復するための修繕等の費用は、それまで賃借人から受領してきた賃料の中に含まれていたわけですから、賃貸人が負担する必要があります。
他方、賃借人の故意・過失に基づく建物の劣化等は、賃借人の原状回復義務の対象であり、賃借人が費用を負担して原状回復をしなければなりません。したがって、建物の損耗の区分が重要になります。
以下、費用負担の区分の具体例をガイドラインから抜粋してみます。
賃貸人負担となるもの
通常の住まい方で発生するもの |
|
---|---|
建物の構造により発生するもの |
|
次の入居者確保のために行うもの |
|
賃借人負担となるもの
手入れを怠ったもの 用法違反 不注意によるもの 通常の使用とはいえないもの |
|
---|
経過年数
賃借人の故意又は過失によって建物を毀損して賃借人が修繕費を負担しなければならない場合であっても、建物に発生する経年変化・通常損耗分は、既に賃借人は賃料として支払ってきているので、明渡し時に賃借人がこのような分まで負担しなければならないとすると、賃借人は経年変化・通常損耗分を二重に支払うことになってしまいます。
そこで、賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させることとするのが適当です。
経過年数による減価割合については、本来は個別に判断すべきですが、ガイドラインは、目安として、法人税法等による減価償却資産の考え方を採用することにしています。すなわち、減価償却資産ごとに定められた耐用年数で残存価値が1円となるような直線(又は曲線)を描いて、経過年数により賃借人の負担を決定するようにするのがガイドラインの考え方です。なお、実務的には、経過年数ではなく、入居年数で代替(但し入居時点での資産の価値が既に減価しているのであれば、減価したところがグラフの出発点です。)します。
なお、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり(つまり、このような場合の当該設備の実際の残存価値は1円よりも高いということになります。)、このような場合には、賃借人は実際の残存価値に相当する修繕費を負担する必要があることに留意する必要があります。
特約について
賃貸借契約であっても、強行法規(例えば、借地借家法や消費者契約法の規定)に反しないのであれば、当事者の合意で特約を設けることは認められます。
もっとも、裁判例では、一定範囲の小修繕を賃借人の義務とする修繕特約については、単に賃貸人の修繕義務を免除する趣旨であると制限的に解釈することが多いようです。
また、最高裁は、経年変化や通常損耗分の修繕義務を賃借人に負担させる特約について、賃借人が修繕費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲を明確に理解し、それを合意の内容としたものと認められるなど、通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要であるとの判断を示しています。
したがって、ガイドラインは、借地借家法、消費者契約法等の趣旨や、最高裁の判例等を踏まえ、原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約については、次のような要件を満たすことを要求しています。
1. 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
2. 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
3. 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
物件チェックの重要性
建物の賃貸借は、契約期間が長期にわたることが多く、当事者の記憶だけでは損耗等の箇所・発生の時期等の事実関係を巡ってトラブルになりやすいといえます。
したがって、事実関係を明確にし、トラブルを未然に防止するためには、入居時及び退去時に損耗・毀損の有無や状況をチェックするリストを作成し、当事者が立会いのうえ、十分に確認することが必要です。チェックリストを作成しておけば、後日トラブルが訴訟等になっても、迅速な解決に結びつくと考えられます。
一般社団法人全国賃貸不動産管理業協会(通称:全宅管理)の取組み
全宅管理は、賃貸不動産管理業の健全な発展と適正化に資するために(公社)全宅連を母体に設立された団体で、全国で最大数の賃貸不動産管理業者が所属しています。
原状回復ガイドラインについては、各種研修会や解説書の頒布等により傘下会員への啓発を行っています。